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島根県海士町の情報発信サイト



 このツアーは自分への無知、無力さの認識から始まった。私は東北の秋田の出身。しかし「守るべき地方、一次産業」なんて考えたこともなかった。例えるなら「ただ田舎に住んでいた人間」。今回同じく参加した秋田県大潟村出身の田村君、栢森君の2人のように農業、漁業に秀でた知識・体験もなければ故郷の村の現状を知るわけでもない。海士3回目の小串君のように大学の新聞会に所属し地域活性に関して自分なりの意見を持ち、留学を考えているわけでもない。春から政治家秘書で働く小野君のようにまだ社会に出るという緊張感もないし、同じ大学の中村さんのように大学時代世界・日本各地を回り、将来、青年海外協力隊に入りたいというようなビジョンももたなかった。



  しかしそこから何か変えていければいいと思った。 これまで小学校から大学まで野球しかやってこなかった自分、自分—野球=0であることを自覚して、海士という場所に来て、様々な人と出会って、体験してそんな自分が進むべき道を見つけられればいいと思った。海士に来て気付いたことは、いかに自分があたまでっかちな人間だったかということだ。田村君、栢森君同様、地域に対する愛はあってもそこに対する「現場」を一度として直視したことはなかった。

  体験ではすべてが初めての連続。2日目の炭焼き体験まで薪を割ったこともなければ、4日目の荒おこしで田を耕す際にトラクターに乗るのも初めてだった。その上ここに来るまで船にさえ乗ったことはなかったし、当然5日目のイカの一本釣りなどしたこともなかった。そして6日目の岩ガキ・干しナマコ体験までサザエやナマコ、さらにはカキも食べたことはなかったし、7日目に山に登ったことはあってもその地域の植物を見て感動するということもなかった。海士で様々な初体験をして、狭い世界の中でこれまで自分の考えを述べてきたことに多くの恥ずかしさを感じた。いや、広い(知らない)世界を知ってしまったから恥ずかしさを感じることが出来たのだと思う。これは大きな収穫だった。

  頭でっかちな自分にはもう少し体験(行動)が必要だった。何も知らず、このまま普通の一般企業に就職して、普通に過ごすという自らの価値観すら変えてくれた。もともと田舎や自然は大好きで、愛すべき田舎はあった。でもこれまで何とかしようという考えは起きなかった。これはいい機会だ。もしかしたらこんな自分でも地方のためにできることがあれば、やれることがあれば変えていきたい。故郷も自分も、そして海士も。直接か間接かは分からないけども、僕が地方を変えることが出来るかもしれない。今は何も出来ない。だからそのためにはもう少し勉強と、なにより現場を見る「行動」が必要だ。



  5日目、私は自由行動の時間を使って行ったことがある。明屋海岸のゴミ拾いだ。何もできなくても温かく迎えてくれ、接してくれた海士の方々や、様々なことに気付かせてくれた「海士」それ自体に恩返しが出来ないか。何も出来なくてもゴミ拾いは出来る。韓国や中国からのゴミも多いが日本のゴミも多かった。観光に来た人が捨てていったのだろうか。中村さんと一緒に拾ったゴミは2時間でゴミ袋4つほど満杯になった。帰りは金光寺山まで歩いて帰ってみた。ゴミ拾いの後だったからか、これまで目に付かなかった(車で移動していたから当然か)道端に捨てられているゴミがやたらと目に付くようになった。ホンの少しの行動だが、これだけでこれまでと視点が変わる。もっと行動を起こそう、悠さんじゃないけど。

  6日目、漁家民泊で大脇さんのお宅に泊めていただいた。奥さんやおじいさん、おばあさん、そして中学2年生の息子さんとも話が弾んだ。他にも大脇さんには大学に行っている二人の娘さん、息子さんがいるらしい。話していて分かる。海士の「人」って本当に温かい。こんな見ず知らずの若者にここまで良くしてくれる。ひょんな流れで大脇さんと栢森君と外に飲みに行った。まさか外に飲みに行くとは思わなかった。一緒にいた栢森君も大脇さんも結構酔っ払うまでのんだ。その状況で大脇さんに言われた言葉がある。大脇さん覚えてますか笑?

  「私も同い年くらいの娘や息子を持っているから言う。別に無理に自分の仕事を継がせようとかは思っちゃいない。だから佐藤君がこの体験をしたから一次産業に従事しろとは言わない。仮にそういったことを思わなくても、こういう体験を通じてどう感じたか、どう考えたかが、それが佐藤君の人生に活きてくれればそれ以上の幸せはないから。」と。

  自分自身に問う。この体験を通じて何を学んだか。行政が変えようとしている。人が変わろうとしている。それに惹かれて集まってくる外側の人々によって新たな海士の魅力が生まれてくる。隠岐牛や海士の塩、ナマコなどの島ブランドを立ち上げ、ものづくりをベースとする産業振興策を進め、島内にUIターン者の雇用を生み出すなどする取り組みを行っている。こういった取り組みををいかに地元にフィードバックできるか、そしていかにその産業に魅力を作れるか、少しずつではあるが地元もなんとかしなけばという流れが学生だけでなく県全体として生まれつつある。



  これらをすべて行っているのは「人」。変わろうとするのも「人」、変えていくのも「人」。内から変わろうとする海士や秋田、これらの地域の小さな流れを絶えず続けていきたい、伝えていきたい。そうやって変わろうとする「人」、変えようとする「人」、そんな「人」たちにスポットを当てられるそんな地方紙の記者になりたいとより強く思い、その任務(?)が終わった時には、もともと自然が好きな僕だから、海士に来てその頃の自分が持っているであろう経験を海士のために活かせればと思うようになった。それくらい今は海士の虜になった。

  この島に来て本当に知らなかったことばかり知るようになった。知ってしまうと、より知りたくなる。産業だけじゃない。町も。「人」も。これが海士の魅力ではないだろうか。縁もゆかりも知識もない若者が来て感じる海士のエネルギーは計り知れない。私以外のメンバーも同様だろう。実はこれも何かの縁か、僕は「食」についてゼミで卒業論文を書こうとしていた。もともと興味のあった「食」、そして愛すべき「地方」、そして海士での地産地商の取り組み、すべてをリンクさせた卒業論文を書いてみたい。今度海士に来る際には卒業論文のフィールドワークのためにお邪魔したい。より海士を知るために。より地方を良くするきっかけのために。そして何よりもっと自分を知るために。

  最後に、こういう機会を作っていただいた悠さん、青山さん、産経の小坂さん、そして地産地商課、産業創出課、巡の輪の皆さん、バンタンの加賀谷さん、桜井さん、そして一緒に海士に来た皆、本当にありがとうございました。また海士に恩返しに来ます。

2008.3.12

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