AMANA

島根県海士町の情報発信サイト



 その初老のおじちゃんは、田んぼの真ん中で、僕らを迎えてくれた。小柄ながら、がっしりした身体つきに、厚ぼったいグローブのような手。農家の風格が、漂っている。 どこか、見覚えがあるな。そう思っていると、おじちゃんが話しかけてくれた。

「きみ、去年の5月、米の種付けを手伝ってくれなかったか?」。


 その一言が、ぼくの記憶を取り戻した。去年の5月、AMAワゴンで海士町に来たとき、自転車で島を回った。その道の途中、米の種付け作業を見学し、手伝わせてもらった。それが、向山さんだったのである。この日のアグリ体験では、トラクターを運転した。その目的は、「田んぼの荒おこし」。10ヘクタールほどの農地を、ガーガーと音を鳴らしながら、土を掘り返していく。直進してはUターンして、また突き進む。オセロの表裏が変わるように、小麦色から茶色へと、土壌が染まる。成果が形として出てくるというのは、見ていて爽快でもあった。



 その夜、向山さんのご自宅に宿泊させてもらう。

 去年、向山さんは還暦を迎えた。その家系は、10代にわたり、250年以上続いている。木造の家の中央には、年季の入った大黒柱がずっしりと構え、天井は広々と高い。聞いてみると、築100年以上。台所を含む右半分は、30年前まで、子牛の飼育小屋だったという。

「昔は、島の誰もが子牛を飼っていた。牛耕として使っていたんだ」

 いまは、作業の機械化が進んだ。牛も使わなくなった。しかし、決して作業が楽になっているわけではない。高齢者が増え、担い手は減った。向山さんの住んでいる宇受賀地区では、農事組織のサンライズ(法人)を作った。荒れた田んぼを集約化しながら、動ける者が協力し合って、田んぼを維持しているのだ。



 ぼくが海士町に来るのは、今回で3回目だ。1回目は、2007年の正月イベント。2回目は、去年5月のAMAワゴン。そして、今回のアグリベンチャーツアーである。なにが、ぼくをこの島に引きつけたのだろう。海士町の先進的な取り組み、美味しい食べ物、そして、魅力的なひと、ひと、ひと―。個別に数えだしたら、きりがなくなる。もし1つに絞れと言われれば、次のこと。「自分が困ったときは助けてもらい、相手が困ったとは助けてあげる」。そんな当たり前のコミュニティーや共同体が、ここでは生き生きと息づいているから。

 そんなことを向山さんに話したときだった。「田舎で暮らすことは、それはそれで大変なんだぞ」。向山さんがそう呟いた。

 ここ海士では、共同管理が基本である。その地区に住んでいる住人が、みんなで協力し合わなければならない。自分だけ抜けがけすることは許されず、個人のプライバシー(利益)よりも、集団の利益が優先される。それが分かっていないと、ここでは住めない――。そりゃあたまには面倒なこともあるさ、と向山さん。その笑っている表情の奥には、それでも、島の暮らしに対する誇りが見て取れる。そして、次のように言うのである。「この『田舎』のことを分かって、覚悟をして来るのなら、ぜひ来てもらいたい。Iターンでも研修生でもいい、おれがぜんぶ教え込んでやるけな」。



「この海士町はみんなが協力している。おれらも見習わないと」

 今回のツアーで一緒だった、秋田県の大潟村の若者2人。彼らの実家は、そこで農家をやっている。将来的には、大潟村に帰って、地元を盛り上げたいという。彼らに語らせれば、この海士の魅力は「すべての第一次産業がある」ということ。漁業、農業(畜産)、林業。山あり海あり田んぼあり。おまけに、モーモー、牛もあり。しかも、と大潟村出身の田村くんは感動の目で訴える。「その魅力を上手く情報発信できているのがすごいんですよ!」。今後、日本の農業は、安い外国産とも競争していかなければならない。そう考えたとき、日本の農業の強みは何か。それは、「顔の見える信頼関係」ではないか。だから、多くの人に大潟村を知ってもらうためにも、海士町の情報発信や交流事業は参考になるという。

 秋田県出身の3人(2人が大潟村出身、1人が秋田市出身)が、見ている海士町、視線のその先には、自分たちの故郷がある。じゃあ、いったいぼくは?海士町を眺めたあと、そっと後ろを振り返る。すると、自分の故郷がないことに気が付く。小学校は仙台市で過ごし、中学校から千葉市に転勤。そして、高校と大学はずっと東京だ。自分自身の足場となるべき「故郷」は、そもそも、ないのかもしれない。

わたしは長い歳月 上にのびることばかり考えてきて
土の中深く根を張ることを 忘れていたようです
ヒョロヒョロと 幹ばかり高くのびて
雑然と枝葉がひろがるようになった時
幹や枝葉の重みに耐えられない 根の弱さに
わたしは初めて気がついたのです (相田みつを)


 これまでぼくは、大学サークルで学生記者をやっていた。興味深い取り組み、頑張っているひと―。それを「書く」こと、伝えることで応援できることは、ぼくにとっても、非常に楽しいことだった。ただ、海士にきて、自分の足場に深く根を張っている人たちと出会って、思い始めた。頑張るひとを、横目で眺めているだけで、実は、ぼくは自分で汗をかくことを忘れていたのではないか。頑張るひとたちに寄生しているだけで、ぼく自身、頑張ることを放棄しているのではないか、と。

 ぼくはまだ、自分が語るべき言葉を持っていない。言葉を紡ぎだす、根っこを持っていない。土のなか深く根を張って生きている人たちと出会い、そう痛感させられた。 これから自分で汗をかいていこう。下へ下へと、深く深く、何かを語るために。




2008.3.12
小串聡彦、2歳、千葉出身。
現在、慶應義塾大学3年
サークル 塾生新聞会所属。
今年8月より、スウェーデンへ留学。

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