AMANA

島根県海士町の情報発信サイト


海士には若いIターンばかりではありません。

年のころ50歳すこし手前の、優しそうなひょろっと背の高い、
通称コーさん。

海士に来て三年目の今を飾り気無く伝えてくれます。
彼の言葉がやけに響くのは、なぜなんでしょうか。





コーさんは海士という島の存在や隠岐のことすらほとんど知らず、さらに言えばそんなに田舎暮らしにあこがれていたわけでもなく、夢を抱いてこの島に来たというわけでもなかった。「…『じゃぁ、なんで来たの?』と言われそうですが、簡単にカッコイイ言い方をすると、都会で無理して暮らしている自分にずっと違和感があって、ついにそれが限界までいってしまったっていう感じでしょうか。」便利で快適な暮らしをするために、そしてそれを維持するためにかなり無理をして、自分でもそれが分かっていても、認めてしまうと心が壊れてしまいそうで、どんどん無理を重ねてしまう日々。

そんなとき、まったく偶然こんな言葉にぶつかる。「どうしても今の場所で頑張るのが無理だと思ったら、場所を変えればいいのです。それは別に悪いことでも恥ずかしいことでもないし、逆に無理して今の場所にいるということは、人生をあきらめてしまうということなんですよ。まだあきらめたくないなら、新たな希望を求めるなら別の場所に移ればいいので、それは逃げるってことではないんです」これを聞いたとき、一気に心が軽くなり、自分にできないことをすべて認めることができるようになった。

そして生きていく場所を変える決心がついたのだと言う。
縁あって海士町に移住したのが平成17年の夏。





「…来た当初は、自分は都会の中で人に揉まれ社会に揉まれ、ピリピリした競争社会で頑張ってきたんだから、そんな経験がきっと役に立つこともあるだろうと思っていました。でもそんなの何の役にも立ちませんでした。ここでは野菜を作ったり、魚を釣ったり、大工事ができたり、そんなことの方がよっぽど役に立つのでした。」何もできなかった時、本当にいろんな人のお世話になった。そうするうちに、生まれてこれまで人にお世話してもらうことばっかりで、いったい自分はどれだけ人の役に立つことをしたことがあるのか、そんなことを考えるようになった。「とにかく自分も何か、自分の手で『もの』が作れるようになりたい。自分が作ったものでお世話になった人にお返しがしたい、喜んでもらいたい」と…インターネットを使って、自分なりに海士町のPRができないかと思いついたのだ。

全国の人に海士の情報を発信して、ひとりでも多くの人に海士に来てもらい、海士のファンになってもらう。それが町の産業発展の一助になれば、ということだ。とは言えパソコンの知識もほとんどなく、最初は想いだけが先走っていた。「海士町の良いところは、町を思う気持ちを持って何かをやりたいと考えている人を精一杯応援してやろうというところです。そして自分と同じような考えを持つ仲間もすぐに見つけることができます。」





自分自身、もともとボランティア意識などあまり無い人間で、今でも町のために何かをしているという気持ちはほとんど無い、とも言う。「…ただ自分のやりたいことをやらせてもらって、そのやりたいことっていうのが単に自己満足じゃなく、誰かの役に立てれば最高に幸せだという気持ちです。」Webを使って表現する際には、文章・写真・動画・イラストなども自分で作る、それらが昔から好きだった、ということも思い出した。

コーさんがやったのは、全国の力あるブロガーをツアーで募集して海士の魅力を現地で体感してもらい、各自のブログで発信してもらうという事業。ツアーは大成功。来たブロガーたちは実際に海士ファンになったばかりか、海士を離れたところで交流が活発に進み、ネットワークが強くなりオフ会なども開催しているという。

「…若い頃、自分のやりたいことを仕事にして暮らしていければって考えて、でも人生そんな甘いものじゃないと人から言われ、自分でもそうかなと思い心の奥に封じ込めてしまう。そんな人って結構多いんじゃないでしょうか?でもね。私は思うんですよ。本当にやりたいことって、実はそれをするために生まれてきたんじゃないかって。ちょっと大げさかもしれないけど、今の自分にはそう思えます。」

何もかも求めたら無理だけど、ただひとつやりたいことを絞れば、できないことはないような気がする。そのためにはさっき書いたように、場所を変えることも必要かもしれない。都会では大勢の中に埋もれてしまってできないことも、地方に目を向ければもっと自分を表現できる場所が必ずある、と。コーさんの言葉は力強い。

「確実に言えるのは、海士町は私にとってそういう土地でした。」
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